リーマン後に日本化と言われた米国は、コロナ後、一気に加速した景気が衰えず、利下げに難渋している。他方、リーマン後に世界経済を引っ張った中国は、ゼロコロナでデフレに陥り、日本化が進む。なぜなのか。こうした対称的な動きは、経済の原理を考える上で絶好の機会なのだが、日本化の本人が、デフレ脱却の理由を悟るどころか、脱却の認識もないのだから、虚しいものである。
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川越敏司先生の『行動経済学の死』を読ませていただいたが、物足りなさを感じた。行動経済学では再現性が十分でないという危機的な批判に対し、再現する場合もない場合も含んだ経済学一般の原理の一部になったという説明だったからだ。行動経済学の登場の衝撃は、利益を最大化するよう行動するという従来の経済学の原理の否定を含み、それはマクロのモデルや政策を根本から変えかねなかったのに、予定調和的な成り行きである。
しかし、従来の経済学が最大化行動の実証をネグって来ただけに、損失回避の性質から個々の経営者は最適な設備投資を躊躇し、マクロ経済は低成長に嵌り込むといった方向へ進んで欲しかったと思う。この場合、躊躇は、集団で時間をかけて行っても再現されることを実証した上で、個々の小さな不足が相互作用によって成長の停滞というマクロのパフォーマンスへ発展するモデルを構築することが必要になるだろう。
もっとも、これをやると、損失回避の心理的反応をヒトが持つからではなく、リスクに対する試行回数の制約や受け入れ可能な損害の限界といった条件の下で、理知的に損失を避けて利益を最大化しない判断をしているだけとなり、行動経済学の出自たる心理学からは遠くなる。単に、主流派の経済学が行動の暗黙の前提にしている「人間の時間は無限で不死」を覆し、ヒトは期待値では行動しないとするに過ぎない。
私の現場感覚からすると、設備投資は売上が見込めるからするもので、それがすべてだ。金利とか産業政策とかは判断材料のごく一部で、それらで決することはあり得ない。そうなると、低成長に陥ると抜けられないし、利上げしても過熱が収まらない。ゼロコロナの需要ショックで成長を落とした中国がデフレに悩んだり、コロナ後のリベンジ需要が爆発した米国がインフレに焦ったりするのは、当然の展開でしかない。
(図)

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7月の消費者物価指数は、総合が前月比+0.1と前月と同じだった。ちょうど良いくらいに収まってきた感がある。昨秋から冬の加速は、本当に余計だったし、それを招いた金融政策の緩さは失敗だった。米国の動きを見れば、7月の利上げはチャンスだったが、幸運の女神には前髪しかない。こうなるのは、金利が設備投資や成長に影響するという幻想が残っていて、しょせんドル円しか動かせないという割り切りがないためだ。そんな幻想を砕くためにも、行動経済学には、反主流派で、がんばってほしいな。
(今日までの日経)
パウエルFRB議長、利下げ「慎重に進める」。中国消費にデフレの波 強まる「日本化」。脱炭素技術、中国が主導 気候変動論文が米抜き首位。外国人の「母国送金」1兆円へ。EV電池、世界で供給過剰。積極支出派から見た日本・ポール・シェアード。